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広島高等裁判所松江支部 昭和32年(ネ)120号 判決 1958年8月20日

控訴人(附帯被控訴人)

右代表者法務大臣

愛知揆一

右指定代理人広島法務局訟務部長

加藤宏

松江地方法務局訟務課長 原芳太郎

大蔵事務官 畠山渉

同 近藤吉隆

同 松浦東

松江市寺町一〇〇番地

被控訴人(附帯控訴人)

佐藤洋品店有限会社

右代表者代表取締役

佐藤正隆

右訴訟代理人弁護士

松永和重

右当事者間の仮差押異議控訴ならびに同上附帯控訴事件につき当裁判所は昭和三十三年六月二十七日終結した口頭弁論に基いて左のとおり判決する。

主文

本件控訴ならびに附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人、以下控訴人という)の指定代理人は「原判決を取り消す、松江地方裁判所が昭和三二年五月七日にした同裁判所昭和三二年(ヨ)第一〇号仮差押決定を認可する」との判決ならびに附帯控訴を棄却するとの判決を求め、被控訴人(附帯控訴人、以下被控訴人という)代理人は控訴棄却の判決を求め、附帯控訴により「原判決中被控訴人敗訴の部分を取り消す、右仮差押決定を取り消す、右仮差押申請を却下する」旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠関係は、左記のほか原判決の事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

控訴代理人は、

一、国税徴収法第一五条の取消権は民法第四二四条の取消権と同じように二年の時効によつては消滅しない。すなわち (イ)国税徴収法上の取消権は民法上のそれと異なり私法上の債権に優先する効力を付与された租税債権の保全のためであること、(ロ)取消権に類似した作用を営む信託法第一二条破産法第七二条ないし第八五条商法第一一八条第三四〇条会社更生法第七八条ないし第九三条の取消権または否認権については、特別規定を設けあるいは民法の規定を準用する旨定めているけれども、国税徴収法上の取消権については何らの規定がないこと、ならびに (ハ)取消訴訟提起の要件として「滞納処分を執行するにあたり」と規定し、滞納処分執行のため必要があるときは何時でも取消権を行使できるような規定の仕方をとつていること等を考えると、徴収法上の右取消権を民法上のそれと同一視して民法の時効の規定を類推適用することは許されない。

二、訴外有限会社に対する昭和二七年度分法人税の督促状、昭和二八年度分法人税源泉徴収所得税の納税告知書および督促状等が未だ右訴外会社に到達していないとしても、松江税務署長において昭和三三年二月一日右訴外会社の清算人小林一男にこれらの書面を送達したので、本訴提起の要件は補正されたものというべきである。

と陳述し、

被控訴代理人は

一、松江税務署長から、前記清算人小林一男に対し控訴人主張の日その主張の各書面の送達された事実を認める。しかし右訴外会社は昭和二九年六月頃松江税務署長に対し乙第五号証の一の嘆願書に添え決算書、確定申告書(同号証の二、三)を提出しており、右確定申告書は法人税法第二三条により有効であるから同法第三一条の二により右提出の日から二年を経過した昭和三一年六月以後は法人税額を更正することができず、従つて松江税務署長のした前記各書類の送達は効力を生ずる余地がない。

二、本件仮差押をする必要がない、すなわち

(イ)  本件については訴外宝有限会社から残余財産の分配を受けた社員はいずれも資産を有するので国税徴収法第四条の四の規定を適用すれば滞納税金の徴収を確保することができる。

(ロ)  控訴人主張の税額は不当に高額であるから、仮りにその課税処分が有効であつても被控訴人は納税後において国に対し不当利得の返還請求権を有するものであるから本件仮差押をする必要がない。

と陳述した。

証拠として、控訴代理人は当審証人笠行文三郎の証言を援用し乙号各証の成立を認め、被控訴代理人は乙第一八ないし第二七号証を提出し当審証人小林一男の証言を援用した。

理由

成立に争のない甲第一号証の一ないし五第六号証第九号証第一一号証の一、二、三によれば、控訴人が訴外宝有限会社に対し原判決添付滞納税額表記載の合計一、八二五、八五四円の租税債権を有する事実が疏明される。被控訴人は昭和二十八年度法人税源泉所得税およびこれらの加算税額は不当に高額な査定であるから無効であると主張するけれども、税額が不当に多額であることは通常その租税の賦課処分の無効理由とはならず取消事由となるにすぎないものであり、また被控訴人提出の疏明資料を検討するに右税額の算定につき未だ右賦課処分を当然無効ならしめる程度の重大かつ明白な瑕疵があることを窺うに足らないので右主張は採用しない。

ところが被控訴人は右租税債権のうち、昭和二十八年度分法人税、無申告加算税ならびに同年度源泉徴収所得税、その加算税等については納税告知書および督促状が、昭和二十七年度法人税、その加算税については督促状がいずれも前記訴外会社に送達されていないと主張するのでこの点について考察する。

成立に争のない甲第一号証の一、二、三、第一一号証の一、二、三、乙五号証の一、第七、八号証第一一号証の二、原審証人塚本静人、遠藤喜一、佐藤正隆(第一回)、牛見明の各証言を総合すれば、松江税務署長から前記訴外会社の代表者佐藤正隆に対し(イ)昭和二十七年度の更正決定による法人税およびその加算税については昭和二十七年三月三十一日頃納期を同年四月三十日と定めた納税告知書ならびに同年五月十八日付をもつて指定期限を同月二十八日とした督促状を(ロ)昭和二十八年度の更正決定による法人税およびその加算税については同年十二月二十日納期を昭和二十九年一月二十日と定めた納税告知書ならびに同年二月十日付をもつて指定期限を同月二十日とした督促状を(ハ)昭和二十八年度源泉徴収所得税およびその加算税については昭和二十九年二月二十二日頃納期を同年三月十五日と定めた納税告知書ならびに同年三月三十一日付をもつて指定期限を翌四月十日とした督促状をそれぞれ普通郵便によつて発送し、右代表者佐藤正隆においてそれぞれその当時これを受領したことについて一応疏明されたものと認めるのが相当である。

原審における証人佐藤正隆、牛見明、石倉幸市の各証言を総合すれば、訴外会社が営業不振のため昭和二十七年末か昭和二十八年始頃当時松江市寺町にあつた事務所を閉鎖した事実が窺われ、成立に争のない乙第一一号証の四、五、六によれば宛名を松江市天神町宝有限会社とした昭和二十六、二十七両年度の源泉徴収所得税、その加算税の昭和二十八年一月二十七日付、六月九日付、同月十二日付各催告書が送達不能となり、松江税務署に返戻された事実が明らかであるけれども、前顕甲第一号証の五(訴外会社の昭和二十六年度源泉所得税一人別徴収簿)中住所天神町を寺町と訂正してあること、甲第一一号証の二、三中訴外会社の所在地として寺町と記載してあることならびに前記各疏明資料を彼此対照して考えれば、右乙号証は未だ以て前段引用の資料が全然疏明力なしとは認められず、原審証人佐藤正隆の前記証言もまた同様である。

そして(イ)右訴外会社が営業不振のため昭和二十八年四月三十日休業すると同時にその全資産を佐藤正隆その他の全社員に分配し、昭和二十九年三月三十一日解散の決議をし、同年四月七日その登記をして現在清算中であること(ロ)同会社の代表取締役であつた佐藤正隆が右資産譲渡に際し合計三、六四〇、八九五円の資産と右同額の借入金買掛金等の債務を譲り受け、次いで同年五月三十一日自分が代表取締役をしている被控訴会社(同月一日設立)に右譲受資産を譲渡し、同会社が譲受けた商品全部(合計二、三四五、七五四円相当)をすでに換価したことは当事者間に争がなく、右事実に前顕甲第一号証の二、第一一号証の一、三成立に争のない甲第二号証第七号証原審証人塚本静人の証言を総合すれば、右訴外会社の代表取締役佐藤正隆は資産を分配した昭和二十八年四月三十日、同日を納期日と定められた昭和二十七年度(昭和二十六年二月一日から翌二十七年一月三十一日に至る期間)の更正決定による法人税二二六、五四〇円その加算税四五、二〇〇円の滞納があり、昭和二十八年度(昭和二十七年二月一日から翌二十八年一月三十一日に至る期間)の法人税については未申告であり、同年度源泉徴収所得税を納付しておらず、備付帳簿の記載も不整備であること等から相当多額の税金の決定を受けることを予期し、これらの税金滞納のため財産の差押を免れるべく前記の如き資産分配をしたものと一応認めることができる。佐藤正隆および被控訴人が善意であつたことについては原審証人佐藤正隆のその旨の証言は措信し難く他にこれを疏明するに足る資料がなく、かえつて佐藤正隆が前記訴外会社および被控訴会社の各代表取締役であること、被控訴会社が前記分配の翌日である昭和二十八年五月一日設立されていること等を合せ考えれば、佐藤正隆、被控訴会社が租税債権を害することを知りながら前記各譲渡を受けたものと一応認められる。

被控訴代理人は訴外会社の前記資産分配については国税徴収法第四条の四の適用があり各社員は連帯して納税義務を負担するので差押を免れることはできない、よつて右譲渡は詐害行為とならない旨主張するけれども、会社の解散前に会社財産を処分しその後に解散決議をした本件の場合にはその適用がないものと解すべく、また同法条と同法第一五条の取消権はその要件および効果を異にするものであるから右第四条の四を適用しうべき場合に右取消権を行使できないいわれはない。よつて右主張は採用しない。

そうすると、訴外会社の前記資産譲渡は同法第一五条所定の詐害行為となるものといわねばならない。

右詐害行為の取消権はおそくとも昭和三十一年七月十五日をもつて二年の時効により消滅した旨の被控訴代理人の主張について考えるに、右取消権の消滅時効は債権者が債務者の法律行為を知つた時からではなくその法律行為が詐害の目的に出たことを知つた時から進行するものと解すべきところ、成立に争のない乙第一一号証の二によれば松江税務署長ならびに広島国税局長が被控訴代理人の主張する昭和二十九年三月四日、同年七月十四日にそれぞれ前記譲渡の事実を知つたことが窺われるけれども、同号証によつては右行為が詐害の目的に出たものであることまでも覚知したものとは思料し難く、他にこの点について疏明資料がなく、かえつて成立に争のない甲第七号証原審証人加納雄の証言を総合すれば、広島国税局係官が昭和三十一年十二月十二日始めて右詐害行為の事実を知つたものと一応認めるのが相当である。訴外会社に対しては前記の如く本件各租税の納税告知書督促状が送達され滞納処分を執行しうる段階にあるところ、控訴人から被控訴人に対し本件仮差押命令申請(昭和三十二年五月七日)前すでに国税徴収法第一五条に基く取消訴訟を提起したことは当事者間に争がない。よつて右主張は、右法条の取消権に民法第四二六条の類推適用の有無につき判断するまでもなく失当として採用しない。

以上のとおりであるから控訴人の本件仮差押申請は結局被保全債権の存在につき一応その疏明があるものといわねばならない。

つぎに仮差押の必要性について考察する。本件納税義務者である訴外宝有限会社は前記の如く既に全財産を社員に分配して無資産となつているのにこれを譲り受けた訴外佐藤正隆はその全部を被控訴会社に譲渡し同会社も既にこれを処分してしまつたところ成立に争のない甲第四号証乙第一八号証によれば、被控訴会社は昭和二十九年三月一日から昭和三十一年二月まで毎決算期に欠損になつていることが認められ、右事実に成立に争のない甲第三号証および本件弁論の全趣旨を総合すれば右必要性について疏明があるものといわねばならない。

被控訴会社は本件仮差押をする必要がない理由として(イ)国税徴収法第四条の四の規定を適用すれば滞納税金の徴収を確保することができると主張するけれども、前記の如く本件については右法条を適用することができないと解するのが相当であり、仮に適用があるものとしても分配を受けた各社員が前記滞納税金を容易に納付しうる資産を有することについて疏明がなく(ロ)納税後において国に対し不当利得の返還請求権を有するから仮差押の必要がないというけれども、前記滞納税金の徴収を確保するため本件仮差押を必要とすることは前述したとおりであり、仮りに被控訴会社にその主張する如き不当利得返還請求権があつたとしてもそれは本件仮差押の必要性を滅殺する理由とはならない。

よつて右主張は採用しない。

如上の次第で控訴人の本件仮差押の申請は相当であるけれども上来説示の諸般の事情を考慮し、被控訴人が三〇万円の保証を立てたときはこれを取り消すのを相当と認め本件控訴ならびに附帯控訴はいずれもこれを棄却すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三宅芳郎 裁判官 藤田哲夫 裁判官 熊佐義里)

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